プラグマティズムの歩き方 21世紀のためのアメリカ哲学案内 読書案内
訳者解説より
本書には、『プラグマティズムの歩き方』という少しフランクに響く邦題を付けた。ここには、本書が、これからプラグマティズムの世界を散策してみようという関心をお持ちの読者にとっての旅行案内書のようになればという思いを込めたつもりだ。散策の際には、本書とともに携えると良いかもしれない本がいくつもある。本書の文献表を参照しながら旅のお供を選ぶのも良いだろう。ただ、邦訳がない、内容が専門的すぎるなどの理由から、多くの本には手が伸びにくいかもしれない。そこで、ここでは、日本語で読めて(あるいは近日中に読めることになる予定で)比較的とっつきやすい本をいくつかご紹介しておきたい。
(3)冨田恭彦著『ローティ――連帯と自己超克の思想』筑摩書房、二〇一六年。 (5)Richard J. Bernstein, The Pragmatic Turn, Polity Press, 2010.(リチャード・バーンスタイン著、廣瀬覚、佐藤駿訳『哲学のプラグマティズム的転回』、岩波書店、二〇一七年。)
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(6)Cornelis De Waal, Peirce: A Guide for the Perplexed, Bloomsbury, 2013.(コーネリス・ドヴァール著、大沢秀介訳『パース哲学について本当のことを知りたい人のために』勁草書房、二〇一七年。)
(7)Christopher Hookway, The Pragmatic Maxim: Essays on Peirce and Pragmatism, Oxford University Press, 2012.(クリストファー・フックウェイ著、村中達矢、加藤隆文、佐々木崇、石田正人訳『プラグマティズムの格率』春秋社、二〇一八年。)
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(9)Robert B. Brandom, Perspectives on Pragmatism: Classical, Recent, and Contemporary, Harvard University Press, 2011
(1)は、何をおいても真っ先に読んでほしい。書名が示す通り、プラグマティズムの思想に入門するにはうってつけの本である。本書著者のミサックを、おそらく本邦で初めて一般の読者向けに紹介した本でもある。 (2)は、古典的プラグマティズムから現代のプラグマティズムに至るまで、あるいは教育学や社会科学の分野でのプラグマティズムの応用など、非常に幅広い話題に触れている点が魅力だ。
(3)と(4)はローティの思想を知るための最良の手引きとなるだろう。本書では半ば斬られ役として登場しているローティであるが、ミサックの「興行」が妥当であるのかどうかを、ぜひ読者自身でローティの思想と向き合った上で考えてみてほしい。 (5)は、ローティと個人的な親交の深かったバーンスタインが、長きに渡るプラグマティズムの潮流を自身の観点から描写している。ミサックが描き出すプラグマティズムの姿と対比してみてほしい。
本書で最も高く評価されているパースの思想についてより詳しく知りたいならば、まずは(6)を読まれることをお勧めする。 さらに、本書でたびたび言及されているフックウェイのパース研究をまとめた(7)にもぜひ目を通してほしい。ミサックは「人間的な探究」にこだわるが、パース思想はいささか人間離れした超越論的とも言える志向をドイツ観念論から引き継いでいる。フックウェイの研究は、そうした微妙なバランスの上に成り立つパース思想を丁寧に描き出している。 古典的プラグマティストたちの著作そのものに触れてみたくなったら、(8)が便利である。パース、ジェイムズ、デューイの最も基本的な著作が一冊にまとめられている。巻末の文献案内も役に立つ。
(9)は、手前味噌ながら、訳者を含む四人で目下翻訳を進めている書である。著者のブランダムは、ローティの弟子で、現代のネオプラグマティズムの旗手といえる人物。彼は「分析プラグマティズム」という考えを提示しているが、これとミサックの提示するプラグマティズムをぜひ対比してほしい。先に述べたプロレスの比喩をここでまた用いてみる。ニュープラグマティズムの代表選手として、ミサックはブランダムとどう対峙するのだろうか。試合の行方はいかに。いや、もしかしたらそもそも、取り組みが成立しないかもしれない。両者の対立点など無いことが分かるかもしれない。いずれにせよ、近日中にこの試合を見られる環境が整う予定である。乞うご期待、と口上を述べておこう。